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オザレポ

いつも応援ありがとうございます。

さて、6月29日の横浜FC戦で松本山雅FCになってからホームゲーム100試合を迎えます。
改めて、沢山の方に支えられている事、この場を借りて感謝申し上げたいと思います。

ってちょっと固いですかね。笑
今日はその第1試合目に運よくピッチに立たせていただいていた者として少し書かせていただきますね。

2005年、松本山雅FCという名前は全国ではもちろんほとんど知る人はいない、この松本平という地域においてもサッカーをしている人間だけが知っているような存在でした。
最初のホームゲームは北信越リーグ2部の開幕戦。
場所は信州スカイパーク芝生グランド。

アルウィンではなく隣にあるサブグランドでの開幕戦でした。
観客もまばらで数える程度、本当にこれでJリーグなんて目指せるのか?と不安に感じた事を今でも覚えています。

でも、その年の最終戦。
アルウィンで行われた北信越1部リーグへの昇格を決めた最後の試合にはおよそ1,500人ものサポーターが集まってくれていました。
昇格を決めゴール裏へ挨拶へ行った時、皆の笑顔と宙を舞った緑色のテープの束を見た瞬間に、このクラブの底知れない可能性を感じる事が出来ました。

あれから8年。
アルウィンサブグランドでたった数人からスタートしたサポーターは、今ではJリーグでも一目置かれるような存在になりました。
そのサポーターの皆さんに導かれるようにクラブも年々成長を遂げ、北信越リーグ、地域決勝大会、JFL、本当にいくつもの困難を乗り越えてここまでたどり着く事が出来ました。
そして今、松本山雅FCはJリーグの舞台で戦っています。

ゴール裏が緑に染まったアルウィン。
入場の時に聞こえてくるワンソールの大合唱。
勝利した時の歓喜の声やタオルマフラーを嬉しそうに振り回す姿。

そして、緑の戦士たちがJリーグの舞台で戦っている姿を見ると本当に感慨深いものがあります。
でも、個人的にこのクラブの存在価値を1番感じれる瞬間はこれです。

この写真は先週の日曜日に行われた練習試合の光景。
アルウィンのサブグランドには家族連れの老若男女のサポーターの皆さんがサッカーを観戦しに来てくれていました。

僕はこれこそがこのクラブの原点だと思います。

例えJリーグの公式戦ではないにしても、週末に必ずどこかで松本山雅に触れ、それが自分のライフスタイルの活力になる。

ホームゲーム100試合を迎え、これからも松本山雅FCはどんどん前に進んでいくだろうし、進んでいかなくてはならないと思います。
でも、感謝の気持ちと、そうしたこのクラブの原点はいつまでも忘れずにいたいと100試合を迎える今、心からそう思います。

そして、それを伝え続けるのがここに残った僕たちの仕事なのかなと思いますのでこれからも原点を忘れずに様々な仕事に向き合っていきたいなと思っています。

・・・そして、そんな感謝の気持ちを表現しようと100試合記念グッズを作りました!!
というわけで、長々と前置きしましたがようやくここからが本題です。笑

今回のグッズ紹介は100試合記念Tシャツ。
この商品のポイントは2つ。

まず前面には、100試合記念のオリジナルデザインがどどどんとプリント。
このデザインにはよ~く見ると過去から現在までの3つのエンブレムがプリントしてあるんです。

(ちなみにこのデザインのステッカーも販売されます!!)

そして最大のポイントが背面。
ここには手書きで、「支えてくれた全ての山雅ファミリーに感謝 これからもずっと共に」というメッセージが書かれています。

このメッセージは、クラブからの感謝の気持ちを込めて2005年以降に選手として活躍し、現在はクラブでスタッフとして働いている面々に書いていただきました。

「支えてくれた」
矢畑 智裕
2005年~2008年
現:松本山雅ユースアカデミー育成スタッフ U-13コーチ)

「全ての山雅ファミリーに」
神田 文之
2005年
現:株式会社松本山雅 総務、営業担当

「感謝」
柿本 倫明
2008年~2010年
現:アンバサダー兼松本山雅FC U-18コーチ

「これからも」
片山 真人
2007年、2011年~2012年
現:ホームタウン担当

「ずっと共に」
小澤 修一
2005年~2010年
現:広報担当

きったね~字だな~と思った方々ごめんなさい。
でも、皆で魂と感謝の気持ちを込めて書いたので許して下さいね。笑

では、是非、明日の会場でお求めください。
沢山の方々が僕らが書いたきったね~けどめっちゃ気持ちのこもった字が書いてあるTシャツを着てくれている姿を見るのを楽しみにしています。

レジェンド達の登場も是非、お楽しみに~☆
長くなってしまい申し訳ありませんでした~。

詳細はこちらから

ではまた。